19歳、シカゴ行きの搭乗口で

 

2009年1月。成田空港。

とにかく見てみたい。そこに住む人達や、文化に触れてみたい。それが一番しっくりくる理由だったと思う。それ以外の語学習得とか将来の為だとかは、後から付けたもの。本当の理由とは違った。

 

2009年の年明けに空港のロビーでシカゴ行きの飛行機を待っていた時は、これからの事がどこか他人事だった(シカゴは経由で、目的地はアリゾナ)。最初は、空港まで見送りに来てくれた人達や家族には申し訳ないくらい、不安は1ミリもなかった。彼らの少し不安な表情には応えられそうにない。だって、今までもそうだったように今回も何とかなると思っていたから。

 

でも搭乗の時間が近づくにつれ少しだけ、いや大分ビビってきた。この先どうなるのか、頭が勝手に他人事として捉えているような感覚。「まぁ大丈夫か。」「いや大丈夫じゃないかも?」そんなグラデーションを感じていた。

 

そのとき、突然英会話の先生が現れた。(少しは喋れたほうがいいと思い一年半ほど教室に通っていた)。きっとその日の授業はキャンセルして空港まで来てくれたのだ。

 

「海外なのでやっぱり心配です」当然のことながら親は心配する。先生は、「彼なら大丈夫ですよ」の一言。意図してなのか率直な思いなのかは分からないけど、すっげぇ力をもらえたのを覚えている。

 

どこかで読んだ本の中のフレーズ、”愛は力を与え、不安は力を浪費する”を思い出した。少し大袈裟かもしれないけど、本当にヤバイ状況の時は不安ではなく信じてもらえることがとても有難いことだということを学んだ。あの日、空港に来てくれて本当にありがとうございます。

 

とにかく、自分でも気づいていなかった不安が少しだけ軽くなった。搭乗案内が流れる。深呼吸を一つしてゲートをくぐった。

 

つづく。

 

The America Years|渡米記の最新記事