やりたいことは車を路肩に停めてもやってしまうらしい|英語は趣味でええやないか

 

学ぶことそのものが楽しければ、それでいいのではないか。今日はそんな話です。

 

やりたことは車を路肩に停めてもやってしまう

朝寝坊しました。

前日の夜にはジャーナルを書いていました。そこで思い立ったのはオーバーラッピング(=英文を音声と同時に音読するもの)。英語習得に関わり始めて15年以上経ちます。一丁前です。始めたとき、こんなに続くなんて思いもしなかった。。。

 

 

朝6時半に起きて出社前に10分いや5分だけでもやっていこう。起きたのは7時過ぎ。

がぁー!
むー、20分で支度できるか…。
いつもの1.5倍速で支度しながら、「5分だけでも勉強がしたい …!」と思いを馳せる…。

甘かった。結局、英語学習はしないまま車は発進。

 

ムズムズ。

ムズムズ…!

 

や、やりたい。オーバーラッピングしたい。
結局、家から一つ目の信号を超えたところでスペースを見つけ、一旦停車。路肩で始めたオーバーラッピング。通り過ぎていく車は、ぼくがまさか英語のオーバーラッピングをしているとは想像できまい。

 

5分後、ぼくは満足げに車を走り出すと、通勤時の5分間に感謝した。明日は6時半に起きよう…。

 

英語は趣味|目的なんていらないっす

一つ気づいたのは、英語学習は僕の趣味になりかけているということ。どこか真面目すぎるわたしは、

 

なぜ英語を勉強するのか?
目的は?
意味は?

 

などなどそれらしいことを考えてしまう。それらしいことを考えていたほうが落ち着くんです。確かに目的は大切ではあります。でも必須か?と想っちゃうんです。
ちょうど今日見かけたThreads投稿でも、英語に対する目的がないが為に独学の三年間を無駄にした。というものを見かけました。

 

でも、英語の習得や成長自体が楽しいならそれで良いのではないか。

 

何のために?という半ば強制的な縛りは、いまは薄れてきました。薄れて良いんです。趣味になってきた。世界を旅するため、文化の違う人たちと直接コミュニケーションを図るため。そんな目的と同じくらい、過程が好き。目的は、英語を楽しむためになりつつあります。

 

オレンジは”おぅりんじ”

英語を知ることそのものが面白くなってきてしまったようです。勉強していると、言語そのものから測れる文化の違いや物の捉え方の違いが面白い。

あとは成長を感じることにハマってるんだと思います。

できない→できる

の単純な変化の可視化がクセになり。満足感につながっています。

 

Orangeはオレンジじゃなくて「おぅりんじ」だし、Study(勉強)はStudies 、A study 、Studyで同じ名詞でも単語の持つ意味や表現が変わる。ややこしいが、面白いのです。

 

学ぶことそのものが楽しければOK

英語を頑張る、なんて感覚はもう特にないです。学ぶことそのものが楽しければそれでいいのではないでしょうか。

通勤途中に車を路肩に止めてでもやってしまうことがいくつあるんだろう。そんなに多くはないかもしれない。たくさんあってもいいですが、その場合、仕事へは完全に遅刻です。

 

今日もみなさんが仕事に遅刻しませんように。