質 vs 量のジレンマ

 

ということで、お金は一旦無視する。
2兎追うものは1兎も追えないらしい。
いまこの状況で質と量は両立できない。

 

一つでも多く作ることが優先。ていうのが正直な感覚。
作り続けること。
継続すること。

 

継続という一兎を一心不乱に追う。とか言ってその一兎見逃しちゃったらウケる。いやうけない。ウケてる場合じゃない。目を離さずに追いかけよう。

 

そういえば、続けるコツってなんだろう。
ぼくの今の結論は2つ。

 

一つは続けることそのものにフォーカスすること。

質は無視。
ぼくはどうしても慎重派。質が気になって仕方がない性分。この間も仕事で社長や上司から、それは無駄だ、スピードを上げろと怒られた。質が気になって前に進まない病なのだ(別に悪いとは思っていないが)。

とはいえある程度の質は無視。無視という注射を打ちまくって無視中毒になるくらい前に進みたい。いやたまには質にもこだわりたい。

 

 

2つ目は自分を楽しませること。

自分が見返したときに面白いと思えるものを作って残しておく。
そんな精神状態が案外前に進ませてくれる追い風になったりする。
自分の作品へのリスペクトも生まれる。中途半端に周りの評価を気にして作ったものは忘れられてしまう気がする。

 

だれから?自分から。

 

興味が持てないのだ。人にどうみられるかを気にしすぎて作ったものに。そして中途半端なものであればあるほど、多分他人から見ても面白くない。だから、せめてぼく自身が第1読者・閲覧者として楽しめるものを残しておきたいと思っている。(Ekusiekはデザイン作品も作っている)

とは言えこの第一読者も曲者だったりする。
なんかいいもの書けた!
と思っても、読み返してみればありきたりな文字の羅列だったりする。
もっと面白いもの残したいな、が本音。
まぁでもそんなことはいいから、難しさよりシンプルさを考えて作り続ける。

 

 

自信はない。それでいい。誰も見てなくてもいい。自分にとってイマイチでもいい。

手を止めてしまったらそこで試合終了だから。

 

手を動かし続ければ、試合は続行される。
試合中である限り勝算はある。
そして試合終了の合図を出すのは自分自身。
なら楽しんで最後の笛がなるまで書いてみる。描いてみる。作ってみる。どうせやるならドキドキする。。

 

うまくいくかどうかなんて、そもそもぼくが決めることではないと思う。
今日も試合は終わらなかった。
…でも…これで1円にもならなかったらどうしよう(小声)…。

あれ?今度はお金を気にしてる?
ジレンマは続く。