自分はどういう人間なのだろう

 

いしかわゆきさんのnoteの記事、「自分を好きになってもらえたら、なにを配信したっていい」を読んだ。

 

ゆきさんの知人のヨガインストラクターはYouTubeやInstagramなどを使って活発にヨガの活動をしているらしい。

が、一番人気のあるコンテンツが「雑談」なんだそうだ。

 

いや、雑談なら誰にでもできる。ぼくにもできる。でもぼくがいま雑談をしたところで、ただの独り言になることは目に見えている…!

 

違いは割とはっきりしていて、ファンがいるのか、いないのか。一見、たったこれだけなんだけど、「これだけ」の中にどれほどの行動力と実績があるのかは計り知れない。

 

ぼく自身、YouTube Shortsを50本上げた。トレンドブログを100記事書いた。英語ももう何年も勉強している。一度やめたブログも、違う形で再スタートさせた。でも、、、ぼくが何者なのか誰も分かっていない。

 

何なら、ぼく自身も自分が何者なのか分かっていない。わかっていないのである。頑張れ38歳。応援してくれるのはお前しかいない。そう、わたしだ。

 

 

自分がどういう人間なのか、把握するのって意外に難しくないか?

 

 

分からないまま、すこーしだけ、ぼくがどういう人間なのかを考えてみた。一言で言えば、「やりたいことは、やればいい」と思っている人間だ。

 

年齢は関係ない。
死ぬときに後悔がなければ、それで勝ち。
だと思っている。
結果は副産物でいい。

 

 

というか、結果は文字通り副産物なんではないだろうか?

 

 

ぼくが、サッカーボールでリフティングを数千回連続でできるのも、英語である程度のコミュニケーションが取れてしまうのも、「やりたい」を追いかけた結果に過ぎないのかもしれない。

 

そして、小学校から大学までサッカーができたのも、アメリカに留学ができたのも、正直ぼくの力ではない。周りの誰かのサポートがあって成り立った出来事。

 

だから感謝なのである。
迷わず「やりたい」をやること。そしてその「やりたい」ができている環境に感謝。いまこうして記事をかけていることに感謝。なのである。

 

こんなことを書いていたらなんか不思議な感覚が襲ってきた。難しいことは分からないが、とにかく「やりたい」をやったほうがいい。そんなささやき声がぼくの内側からずっと聞こえている。

 

 

あなたはいま、好きなことをしていますか?

 

 

「やりたいことをやる」って意外と勇気がいること。

もし、ぼくたちみんなが「やりたい」ことをやったらどうなるんだろう?ちょっと想像がつかないけど、すげぇー勇気がいるのと、すげぇー面白い世界になりそうな気がする。

とりあえずぼくは、ぼくの「やりたい」を追いかける。